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(受験生必見!)近代史を超速で概観する!➁中近世、人間の解放、そしてポストモダンへ

ざっくりとギリシア・ローマの民主主義の流れをみてきましたが、アジアでは、こうした形の民主主義は、最後まで発生しません。ヨーロッパがアジアに「民主主義」という思想をもたらすまで、アジアは王政が続くのです。

 日本人の多くは、民主主義を近代化社会の象徴のように思っていますが、そのルーツは、古代ギリシア・ローマにあったのです。ギリシアで民主主義が機能していたとき、「知」はとても大切なものとして扱われていました。そのような論理的な明晰さ、合理性というものを大事にする古代ギリシアの価値観が、とてつもない勢いで育っていき、西洋の近代化を促し、やがて全世界を支配していくことになります。

 ところが、こうした西洋を生み出したこのエネルギーが影をひそめる時代があります。それは、キリスト教、とりわけカトリック教会が支配する中世です。ローマが三九二年にキリスト教を国教としたことから、帝国の主が皇帝から神(その代理人としての教皇)へと移っていってしまいます。これによって、古代ギリシア・ローマでは一応分離されていた宗教と政治が、深く関わっていくことになります。

 しかし、キリスト教の神は唯一絶対の創造主であるため、人間世界と霊的世界では、霊的世界のほうが上位にあるとされ、人間の合理性や明晰性、努力をして何かを生み出す自由な発想力といったものが全部押しつぶされてしまうのです。

そのため世界史で「中世」と区分される期間、具体的に言えば五世紀後半の西ローマ帝国の滅亡から一五世紀までの約千年間、ヨーロッパは変化の少ない、いわば仮死状態が続きます。人間は常に神の僕であって、何も新しいものは生み出さない。生み出すのは神の役割で、人間は勝手なことをしてはいけない。だから人が勝手にものを生み出さないように、神の代理人である教会が取り締まる。これが中世の感性です。武力でいえば皇帝のほうが力を持っているのに、実際は聖なる世界の統治者に俗世界の統治者はかなわない。こうした構図が、中世を通してずっと続いていくのです。

 だから、このあいだの世界史の主役はヨーロッパではありません。大人しくなったヨーロッパに代わって世界史の主役をなるのが、イスラム世界や、アジアのモンゴル帝国なのです。

 長いヨーロッパ中世の沈黙を打ち破きっかけとなり、抑圧されたヨーロッパの加速性が爆発するのがルネサンスであり宗教改革ですが、この時期に一気にヨーロッパ変わっていくことができたのは、古代ギリシア・ローマという「お手本」があったからです。人間って素晴らしい、こうした意識が再び目を覚まし、神に対して人間が勝っていく時代、聖俗の間にあった不等号が逆転していく転換点がルネサンスです。

 しかし、世俗対宗教という対立構造は、今も形を変えつつもずっと続いています。例えば西欧とイスラムという対立構造です。政教分離の西欧と政祭一致のイスラム、紙よりも人間を重視するようになった近代以降の西欧と依然神が人間を超越した存在であるとするイスラムなど、対立点は枚挙に暇が有りません。

 前述のとおり、中世が「神なるもの」が支配していた時代だとすれば、近代は人間が「私たち人間は何でもできる」という自信を持った時代と言えます。しかしそれも、二十世紀後半になり、近代のとらえ直しが行われると、「近代化が推し進められる中で人間は解放されてきたと思っていたが、実際にはそのプロセスの中で管理されたり、権利を侵されたりしていたのではないか?」という疑問が出てきます。

 このように、「モダン(近代)には限界があった。人間はもっと自由でいいのではないか」と主張したのがいわゆる「ポストモダン」です。中世から近代になり人間は結構自由になったと思っていたのですが、よくよく考えたら近代の合理精神のもと社会は管理社会になってしまった。機能主義・合理主義をおしすすめるだけでは駄目だ。それを反省して、脱近代を目指せば、人間はもっと自由になれるはずだと言うのがその主張です。

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