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歴史を動かしたコーヒー

 私は学生時代から喫茶店で勉強する習慣が有り、一日に三件も四件もはしご、中毒になる程のコーヒーを飲み干しています。家にいる時間よりもカフェにいる時間の方が長いくらいです(笑)

 なぜそんなことをするのかというと、その公共的な空間~店の人が居て、他のお客さんがいて、雑多な話をしている~そこにいる人たち全体が作り出している独特の空気感が、やる気を掻き立ててくれるからです。

 とりわけ、日本進出後一向に勢いが衰えないスターバックスでは、周りを見渡しても、友人や恋人との会話を楽しむよりも、むしろ仕事や勉強に勤しむ人の方が多いような気がします。

 それは、都会の喧騒をそのまま風景にするガラス張りの店舗に、敢えてアメリカの本店と同スタイルを採用した「難しめ」の注文方式、そうした「落ち着く、ゆったりとした空間」というこれまでのカフェの概念を覆し「やる気を掻き立てる場」としてのイメージ戦略が「もうひと頑張りしたい」ビジネスマンの感性にフィットしたという事でしょう。スタバにいると、不思議と日常の忙しなさが心地よく感じれるのです。

 そして、そうした空気感で提供される飲み物「コーヒー」も、その独特の空気感、やる気や向上心と深く関係しています。

 コーヒーは当初、砂糖を消費させるために人為的に流行らせた商品でした。大航海時代、新大陸の発見で大量生産が可能になると、莫大な利益を上げる砂糖の生産流通は一大産業になります。そして、砂糖を大量に消費させるために飲まれ、食され始めたのがコーヒーです。コーヒーは本来は砂糖をたっぷり入れ甘~くして楽しむものだったのです。(紅茶やチョコレートの流行も同様)

 そうして人為的に流行らされたコーヒーですが、その目的とは関係なく、コーヒー自体が持っていた「理性を目覚めさせる」という性質が、その後の人類の歴史を大きく変えていくことになります。

 コーヒーが飲まれ始める以前、飲料の中心はアルコールでした。水道網が整備されておらず飲み水が不衛生だった中世では、アルコールは水替わりに飲まれていたのです。子供も入れた平均で1人当たり4リットル摂取されていたというから驚きです!そしてご存知の通り、アルコールは理性のタガを緩め、欲望を目覚めさせる飲み物です。正反対の性質=覚醒作用を持つコーヒーがそれにとってかわることで、人間の生活スタイル、あるべき姿と言うものまでもを変えていったのかもしれません。例えばコーヒーを飲む習慣を最初に持ったのはイスラム教のスーフィーたちですが、彼らはまさに、徹夜で瞑想するという特有の修業を支えるパートナーとして、覚醒作用のあるコーヒーを愛飲したわけです。

 余談ですが、コーヒーと言えば私は真っ先に19世紀フランスを代表する作家、オノレ・ド・バルザックを想起します。彼はコーヒーを一日3リットルも牛飲みし、三日三晩不眠で小説を書き続け、書き終わるとすぐ社交界に顔を出し、今度は夜を徹して遊び続けたそうです。その驚異的な執筆スタイル・生活リズムを可能にしたのも、コーヒーの覚醒作用だったのでしょう。

 さて、スーフィーの移動に伴い、オスマン帝国や、その支配下に合ったバルカン諸国にも伝わったコーヒーがヨーロッパにまで届けられたのは17世紀。活字文化が進み庶民の間でも政治や経済に関する議論がされた理性の時代「近代」が顔を出した時代です。コーヒーはそんな時代の空気に、非常に相性が良かったのですね。

 コーヒーは、それまで政治から遠ざかっていた庶民の知識欲を覚醒させます。庶民はコーヒーを飲むために作られた場所=カフェに集い、隣人と議論に花を咲かせ、古い体制や王の圧制に反発し、改革の空気を時代に運び込みました。フランス革命の計画も、カフェでコーヒー片手に進められたのです。さらに、カフェは集まった情報を取りまとめることで、情報こそが力になっていくという近代的な仕組みを生み出しています。保険や金融といった資本主義世界を支配している仕組みが最初に生まれたのも、実はカフェなのです。

 もしコーヒーが流行していなかったら・・アルコールで高められた欲望が庶民を政治や教養から遠ざけ、情報が独占され、今もごく一部の王族に権力が集中していた。いや、さすがにそれは大袈裟ですね(笑)

 しかし、コーヒーが歴史の転換期に極めて重要な働きをしたのは確かなのです。

 歴史は必然と言いますが、理性の時代=近代に理性を呼び起こすコーヒーが本来の目的を超えて広がったことを考えると、本当に歴史というものは何か大きくて見えない力に動かされているような、そんな感動を覚えます。

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